7歳からクラシックピアノを習い始める。 そしてベンチャーズに影響され、8歳にしてギターを手にする。

わずか11歳(小学校5年)でバンド《FOX》結成。コンテストに出場し、CREAMの曲を演奏。 見事入賞し、注目される。中学生ですでに、スタジオでのプロ活動を行う。
1971年、《GAS MASK》結成。自主コンサートなどで活躍。 スタジオ、バッキングミュージシャンとしても活躍する。

1973年、17歳の時、鳴瀬喜博・佐藤準・藤井章司・金子マリ等と《SMOKY MEDICINE》 結成。 日本ロック史上伝説のバンドと呼ばれる。
同バンド解散後、ソログループのメンバーを探すべく単身渡米。

帰国後、1976年6月、シングル「NAVY BLUE」でソロデビュー、 9月1stアルバム「Char」発表。 《FREE》《FACES》等で活躍していた山内テツ《TETSU & THE GOOD TIMES ROLLS BAND》と全国ジョイントツアーを行う。

1977年、「気絶するほど悩ましい」「逆光線」「闘牛士」と次々にヒットを飛ばし、歌謡界に  新風を吹き込み、歌謡曲とロックの隙間を埋めた。

1978年、ゴダイゴを引き連れての全国ツアー。さらに日本武道館公演を行う。そして秋、 いくつかのセッションを経て、互いに共鳴しあった、ジョニー吉長、ルイズ・ルイス加部と 《JOHNNY,LOUIS & CHAR》(以下JL&C)結成。

1979年7月14日、雨の日比谷野外音楽堂 にて、フリーコンサート“FREE SPIRIT”を行い、野音史上空前の14.000人動員という記録 を樹立。

1981年、TOTOのスティーブ・ルカサーとの共同プロデュース、ソロアルバム「U・S・J」 発表。

1982年1月、《JL&C》解散宣言。バンド名を《PINK CLOUD》にすることを発表。

1984年までの3年間で、各ソロ、バンドアルバム7枚をリリースする。

1985年、日比谷野外音楽堂をスタジオとし、アルバム「aLIVE」発表。その後、単身渡英し ソロアルバムの制作にとりかかる。

1988年3月、プライベートレーベル〈江戸屋〉設立。 同年、ソロアルバム「PSYCHE」「PSYCHE II」発表。 そして《CHAR & THE PSYCHEDELIX》(現PSYCHEDELIXの前身バンド)でソロツアーを 行う。

1989年には石田長生とのアコースティックデュオ《BAHO》を結成。全国各地、精力的に ツアーを行う。

1991年、ソロバンドであった《CHAR & THE PSYCHEDELIX》がバンドへと発展し、 《PSYCHEDELIX》結成。

1992年4月、デビューシングル「MOVE ON」、5月には1stアルバム 「PSYCHEDELIX」発表。2度の全国ツアーを行う。

1994年、《PSYCHEDELIX》2ndアルバム《PSYCHEDELIX II》を発表し、全国ツアー。 さらに、アメリカ公演(ロサンゼルス・ニューヨーク)を行い、成功を収める。 同年8月、《PINK CLOUD》ラストアルバム「the period」発表。9月16日、日本武道館公演 にて15年の活動にピリオドを打つ。翌17日、《JL&C》として、雨の日比谷野外音楽堂にて、 フリーコンサート“FREE SPIRIT’94”を行う。 同年10月より、《PSYCHEDELIX》3rdアルバム制作にとりかかり、11月には全国ツアーと、 《PSYCHEDELIX》の活動が活発になる。

1995年6月、3rdアルバム「stand」、そして11月にはミニアルバム「STAND e.p.」を発表。 11月から12月にかけて、全国13ヶ所(15公演)の精力的な活動を展開する。
そしてデビュー20周年を迎えた1996年、《PSYCHEDELIX》として9月に、ミニアルバム 「SMOKY」を発表。11月15日に20th Anniversary “Electoric guitar Concert”をソロとしては 1978年以来の日本武道館公演を行う。

1997年、昨年の日本武道館公演を収録したライブアルバムを3月に発表。 同じく4月にLD,VIDEOを発表。 3月、5月と藤井裕・ロジャーと《TE-CHARi》結成。下北沢のライブハウス等でライブを行う。 8月、パルテノン多摩サマーライブにて、ラリー・カールトンと共演。

1998年4月、ポリドールに移籍。8月、シングル「TODAY」を発表。5ヶ所のツアーを行う他、 村上"ポンタ"秀一&近藤房之助達と行った九州イベントツアーに参加。10月にはシングル 「LET IT BLOW」を発表。12月には同名のコンサートツアーを行う。

1999年2月、シングル「Touch my love again」、3月には、ソロとして約11年振りとなる フルアルバム「I'm gonna take this CHANCE」を発表。6月には、本人も参加している、 初めてのリミックス・アルバム「Mix-Char」を発表。夏には、11都市13公演のツアーを行う。 12月に Carmine Appice (Dr)・Tim Bogert (B)と共に「CB&A」という名で、日本武道館を含む 4都市8公演のツアーを行った。

2000年2月、シングル「Share the wonder」、CB&Aライブアルバム「CBA LIVE」を発売。 4月には、久々となるBAHOの全国ツアーを行う。

2000年5月、シングル「R-1」、6月には2枚組BEST ALBUM「Char Played With and Without」を発売。

2000年6月、南房総音楽祭「SAVE THE EARTH Vol.0」で“SMOKY MEDICINE”でLIVEを行なう。

2000年9月より、Jim Copley (D)、Paul Jackson (B)、小島良喜 (Key)というメンバーで、全国ツアー(18ヶ所20公演)を行なう。またポリドール移籍後にリリースされたシングル集のプロモをまとめたクリップ集「Char THE CLIPS」を発売。

2000年12月、アートスフィアで「Char Special Live」を2日間行なう。

2001年1〜2月、Jim Copley (D)、Paul Jackson (B)、小島良喜 (Key)というメンバーで東京・大阪・福岡のBlue NoteにおいてLiveを行なう。

2001年6月、東京・大阪でジミ・ヘンドリックストリビュートコンサートに出演。

2001年7月、「北沢音楽祭」で、金子マリ(Vo)、Char(G)、鳴瀬喜博(B)、藤井章司(Dr) 、佐藤準(Key)というオリジナルメンバーで久々の“SMOKY MEDICINE”LIVEを行なう。

2001年7月25日、2年3ヶ月ぶりとなるオリジナルフルアルバム『BAMBOO JOINTS』を発売。

2001年10月、「The 25th Anniversary Live Tour 〜BAMBOO JOINTS〜」と題したツアーを札幌・仙台・福岡・大阪・名古屋・東京で行なう。

2001年12月、「Char SPECIAL LIVE 2001」と題して“スモーキー・メディスソ”を東京・神戸にて行なう。※スモーキー・メディスソ=金子マリ(Vo)、Char(G)、鳴瀬喜博(B)、藤井章司(Dr)

2002年3月、「MIKE CLARK BAND featuring CHAR and PAUL JACKSON and JACK WALRATH」と題したLIVE TOURを東京・大阪・福岡のBLUE NOTEで合計11日間22公演を行なう。

2002年4〜5月、「ROCK LEGENDS "四人囃子vsスモーキー・メディスソ"」と題したイベントを東京・大阪で行なう。

2002年7〜8月、「2002 THE TOUR」と題したツアーを12カ所で14公演行なう。またツアーの途中で「FUJI ROCK FESTIVAL '02」のGreen Stageに立った。

2002年9月、インストを中心としたアルバム『Sacred Hills〜聖なる丘〜』を発売。

2002年12月、BAHOで全国ツアー「BAD HOT SHOW」を行なう

2003年3月、DVD「BAD HOT SHOW」を発売。

2003年6月、東京・大阪にて「Two Different Nights」ツアーを行なう。また夏には再びBAHOで各地のFESをまわり、チキンジョージ&名古屋ダイアモンドホールにて単独公演を行なう。

2003年11月、1年2ヶ月ぶりとなるフルアルバム「Mr.70s -You Set Me Free-」を発表。

2004年1月、「Mr.70s -You Set Me Free-」と題したツアーを全国7大都市9公演を行なう予定。

〈2003年10月現在〉